お昼ご飯に何が食べたいかと母江に尋ねたが、いつものように、「なんでもいい」と自分で考えることができなかった。
三郎が1年前にこの家に来る以前は、次郎と二人で何を食べていたのだろう?
「知らないよ。あの子は勝手になんか作って食べていたよ」
次郎は性格が粗暴だし、何より発達障害者だからご飯の支度などできたものではないのは想像できる。
「じゃあ、自分の分はどうしていたの?」
「知らない、覚えていない」
「昔はパソコンだって習っていたんでしょ?」
ちなみに母江はWindows95から何十年もずっとパソコンを習っていた。
「石神井公園から中野に行って、そこの教室に通っていたんだよ」
「中野じゃあなくて練馬じゃないの?」
「そうかもしれない。近くに美味しい食堂があってね」
「じゃあ、今日はその食堂に行ってみるか?」
最後に行ったのはいつだか知らないが、無事に辿り着けるかどうかちょっと興味があった。
練馬駅から降りて母江に道案内をさせると迷わずにちゃんと着くことができた。
家に帰り、お腹いっぱいになってくつろいでいると、
母江が部屋にやってきて、
「相談したいことがある」と言った。
たいていどうゆう相談か想像できるが、
「どんな相談だい?」と訊いた。
「私の財産についてなんだけど。。」
「何度も説明したけど、財産は三郎が管理している。その詳細を何度も説明してもすぐに忘れて、同じことを質問をする。だからそのことを考えて寝れなくなるよりは、自分の名前と歳を忘れないようにしてもらいたい」
この間の家族信託のZOOMで名前と住所と生年月日は答えられても自分の年齢は答えることができなかった。
「では質問をします。あなたは何歳ですか?」
「え〜と、わかりません」
「92歳です」
「わかったよ」
「本当にわかったの?ではあなたは何歳ですか?」
「え〜〜、いくつだっけ?」
「だからこれから財産のこととか、アパートの家賃のこととかを三郎に訊くんじゃあなくて、本を読んだり、テレビを見たり、編み物をして、自分でできることは自分でして、そして自分の名前と歳を忘れないようにしておくれ」
ほんとうにそうしてもらわないと困る。