今日は旅仲間のYから半年ぶりに電話があった。
お互いの近況について語った。
彼は作家だったが、半年前に寒村の教師となり働いているが、残業で疲れ果てていた。
それに生徒に対して怒ってはいけないし、かと言って優しくするとつけ上がる。
怒鳴るなどはもってのほかでそれが最近の日本の教育になっていた。
昭和の教育を受けた者は明らかに時代遅れということか。
そういえば思い当たる節があった。
昨日姫夫と電話で話した時に半年ほど前に姫夫と姫子の息子(つまり三郎から見たら甥)が家に来た時に「三郎に怒鳴られた」という話をした。思い起こしてみても怒鳴った記憶などなかった。思い当たるのは私の喋り方は怒鳴ったように喋ってしまうと言うことで、その喋り方が気に障る人がいるのはわかるが、自分としてはどうしょうもないということだ。しかし「甥が怒鳴られた」と言うならそうなのだろう。そのことについては姫夫に謝ったが、最近の教育を受けた者は多分「怒鳴られ慣れていない」のだろう。
Yが言うには兄弟が一緒に暮らしたのは最初のうちだけで、別に暮らした年月ほうが遥かに長い時を過ごしているのだからお互いに分かり合えないのは当たり前と言うことだ。